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この街・あの人・どんな顔       八木 健太郎    2012/6/05掲載

「この街・あの人・どんな顔」

早稲田大学係属 早稲田実業学校 野球部
八木 健太郎

やぎ けんたろう 1994. 6.29生 相模原市出身・在住

八木 健太郎

八木 健太郎

【写真 上】2011年 都大会決勝戦。対 日大三高 戦
【写真 下】2010年 第92回全国高校野球選手権、甲子園での投球。対戦相手は関東一高

「成功する人は必ず努力を重ねている。あきらめずに努力すれば夢は叶うはず」
早稲田実業学校 http://www.wasedajg.ed.jp/
公益財団法人 日本高等学校野球連盟 http://www.jhbf.or.jp/

 

まもなく夏の甲子園大会(第94回全国高校野球選手権)の予選が始まる。真剣な眼差しで白球を追う球児たちは、数々の名勝負を生み、観る者に感動を与えてくれる。幼い時から野球に打ち込んできた八木健太郎さん。今年、高校生活最後の大会に挑む。


新しいグラウンドで
 平日の夕方近くなると、橋本駅でJRから京王線に乗り換える体の大きい男子高校生たちの姿がある。早稲田実業学校野球部員たちだ。京王相模原線「多摩境駅」から徒歩10分、『王貞治記念グラウンド』に向かい、部活、自主トレと夜10時過ぎまで練習に励む。
 このグラウンドは2004年7月に開設された。2001年に早稲田実業学校が新宿区から国分寺に移転し、野球部は練習場所の確保に難儀した時期があった。ナイター照明や部室など設備の整ったグラウンドを得て、野球部員たちはより練習に力を入れることができ、2006年、夏の甲子園大会で同校初となる優勝旗を手にした。斎藤佑樹選手の活躍が注目を集めた年だ。

高校生活最後の大会に挑む
 現在、野球部員は75名。市内在住の八木健太郎さんも最後の大会に挑む、そのひとりだ。
 八木さんは2010年に早稲田実業学校に入学。その年、夏の甲子園のマウンドを経験している。1年生の投手が登板したのは、同校では荒木大輔選手以来、30年ぶりだという。
「やっぱり甲子園に出る選手はみんなすごい。大会が終わった時、もっと体を大きくして、またここに戻ってこようと思いました」
 体重は4kg 増えた。足腰に筋肉がつき、打球にも伸びが出るのだと言う。2年生になってからは、打者としても頭角を現した。打率、出塁率などから今年は1番バッターを担っている。昨年は予選決勝で日大三高にも惜敗した。その悔しさを胸に、チーム一丸となって甲子園を目指す。

野球とともに歩んできて
 八木さんが野球を始めたのは6歳。小学校入学とともに、地元の『上九沢白鳥野球部』に入部した。
「ウチは父も祖父も伯父たちも野球をやっている野球一家。小学生になったら野球をやるのが当たり前だと思い込まされていました」
 4人きょうだいの長男。弟妹たちももちろん野球部だ。
 中学に入ってからは、相模原南リトルシニアに入部し、水木土日の練習に参加。火金の放課後と毎朝、中学の陸上部で活動した。
 3年生の時、USSSA全米選手権大会15歳以下の部で代表メンバーに選抜された。練習試合を含む全戦全勝で初優勝の快挙を日本にもたらした。その大会でMVPに選ばれた。
「全国から集まったメンバーが短期間にすごくいいチームになれた。盛り上がって楽しかったです」
 その時のチームメイトとは交流が続いており、甲子園で名前を見ることもあると話す。
 好きなプロ野球チームは読売巨人。が、野球は観るよりやる方が好き。まもなく始まる夏の甲子園の予選に向けて、練習に明け暮れる。
「7回勝てば甲子園。今年は絶対に行きたい」
 予選は7月から、甲子園では8月8日から15日間熱戦が繰り広げられる。今から楽しみだ。

 

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