発信/読売新聞「ほうむたうん」編集室
〒252-0143 相模原市緑区橋本3-21-12
         グリーンピア長嶋1-A
TEL 042-707-7550 FAX 042-707-7551
E-mail info@yc-hometown.org
今月号の記事から この街・あの人・どんな顔 Shop Guide インフォメーション 読者プレゼント こどもセンター
バックナンバー この街・あの人・どんな顔 味 紀 行   Shop Guide ぷれいすがいど
相模原・城山エリアの販売センター 各販売店所在地・配達エリア 各販売店取扱紙・ご購読申込み リンク集
このページは… トップページ >>  この街・あの人・どんな顔 >>  佐々木 淳子
この街・あの人・どんな顔       佐々木 淳子 2008/06/05掲載

体験記「29歳 脳硬塞 出産」を出版
  佐々木 淳子

ささき じゅんこ 1958. 5.28生 相模原市 出身・在住
ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/junchan4487

「明日がある保証はない、今日やらなくては…。その積み重ねでここまできました。今生きてることに感謝です」


↑「29歳 脳硬塞 出産」 じゅん 著
日本文学館 定価1,050円
書店にて注文可。インターネット書店でも購入できます。


↑この時 生まれた次男は、この春大学に入学した。

 

佐々木淳子さんが脳硬塞で倒れたのは、29歳の時。3人目の子どもの妊娠中だった。幸運にも一命をとりとめ、その後の不自由が残る体と、再発の不安を抱えた暮らしを家族とともに乗り越えてきた。そして20年目の今年、その体験を綴った本を出版した。


20代での 脳硬塞
 元来、佐々木さんは病気知らずで健康には自信があった。結婚後、年子で長男、長女を出産。その年代の誰もがそうであるように、日々忙しく、自分の健康を気遣うこともなかったと言う。
「全部自分でやらなきゃって思ってました。自分は絶対大丈夫だと…」
 妊娠6ヶ月頃から頭痛を覚えていたが、休むことなく頑張り続け、ついには倒れてしまった。
 集中治療室で数日を過ごしてから一般病棟に移り、佐々木さんは初めて右半分の視野がないことに気づく。右手足にもマヒがあり、検査の結果、脳硬塞と診断された。
半分になった視野
 『29歳 脳硬塞 出産』では、倒れる少し前から、次男を無事出産するまでが記されている。が、実際に大変だったのはその後の生活だ。
手足のマヒはリハビリで多少回復したが、失った視野は戻らなかった。歩けば壁にぶつかり、段差を踏み外す。手を伸ばせばコップを倒し、街に出れば人にぶつかる。散乱したバッグの中身を拾い集めることもままならない。なにより、活発に動き始めた長男長女が、視野からいなくなることが怖かった。そんな生活を夫とともにいつも支えてくれたのが、同居していた義父の繁実さんだった。
「仕事を辞めて、一緒に子育てをしてくれました。私よりも一生懸命なくらいに。人に頼ることも大切なんだな、と その時知ったんです」
この思いを書き残したい
 次男の出産後、3ヶ月程経ってから佐々木さんはこの経験を書きとめることを始めた。
「日々、1日単位だったんです、生きてることが。今日思い浮かんだことを残しておかなかったら、明日っていうのはないかもしれない、と」
 マヒが強かった最初の頃は、左手を使って短く手帳に、回復に伴い次第にノートに文章を書きとどめるようになる。読売新聞を切り抜き、当時の世相とあわせて記録を残した。
「朝体調が悪いと、今日は倒れるかもしれないと思う。そんな状態が30代終わりまで続きました」
 そうして書きためた文章は数百枚にのぼる。やがてパソコンを購入、それまでの文章をまとめ、出版社が主催するノンフィクションの一般公募に応募、そこから出版の運びとなった。
「20代の脳硬塞と、その患者の目線の体験記は珍しいから、と言われました」  が、佐々木さんが出版を決めたのには他の理由がある。
「若いからと言って無理を重ねることの怖さを知って欲しい、簡単に自殺しないで欲しい、そう思うんです。若くても明日はわからない。長く生きられる保証は誰にもない。私もここまで生きて来られたことに、感謝です。命の重さを伝えたかった」
 発行から1ヶ月余、佐々木さんのもとには、早くも読んだ人からの感想が届いている。その中で一番佐々木さんを勇気づけたのは、もちろん家族の反応だった。
元気に暮らせる幸せ
 実は佐々木さん、執筆も出版も、夫には内緒にしていた。こういったことは夫は嫌うだろう、そう思ったからだ。「本ができあがって、見本がダンボール箱で届いたんですが、帰宅した夫がそれを見て『なんだ、これは』と…」
 もう隠しきれないと覚悟した佐々木さんは、すべてを打ち明けた。夫は黙って1冊取り上げ、読み始めた。
「空気が重く、早く子どもたちに帰ってきてほしかった(笑)。ああ、ケンカになるな…と、ヒヤヒヤしてました」
 夫の第一声は「よく書けてる」。
「もう全身の力が抜けました。認めてもらえた、と…。その翌日、夫は何も言わずに書店に出かけ、5冊も購入してきました(笑)」
 現在、佐々木さんは定期的に検診を受け、食事にも気を使って健康に過ごしている。半盲の不自由さは残るが、78歳の義父を筆頭に家族6人、元気に暮らせることの幸せを噛み締めている。

 

HOME |  ご意見・お問い合わせ |  ページのトップへ