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この街・あの人・どんな顔 2007/03/05掲載

ボクシング WBC 女子世界ストロー級チャンピオン
  菊地 奈々子 きくち ななこ
《 代々木ブルースカイジム所属 》
1975. 3.25生 相模原市出身

●プロフィール
■2003.9.21
4回戦 新井彩菜真戦/3-0で判定勝ち
■2004.2.22
4回戦 上村里子戦/2-0で判定勝ち
■2004.5.23
4回戦 池山直戦/3-0で判定勝ち
■2004.7.18
4回戦 石山絵里戦/3-0で判定勝ち
■2004.9.18
日本ミニフライタイトル王座決定戦
8回戦 渡辺まりか戦/3-0で判定勝ち日本王座獲得
■2005.3.29
中国・瀋陽 8回戦 Choi Eunsun(北朝鮮)判定負け
■2005.6.13
日本ミニフライ級タイトルマッチ8回戦 池山直戦1-1で引き分け/日本王座防衛
■2005.11.7
タイ・バンコク郊外WBC女子世界ストロー級タイトルマッチ10回戦ノンマイ・ソーシリパン戦/7R 0分50秒TKO勝ち
■2006.5.10
タイの刑務所で行なわれた初防衛戦/3-0の判定勝ち。王座を守る
■世界タイトル獲得他、キックボクシング1戦1勝、フルマラソン3時間16分50秒 (2002年大田原マラソン)

●公式サイト
 http://www.blue-sky-gym.com/kikuchi/

「センスがない奴は、人の何倍も練習して身に付けろ。そういう奴が、最後には勝つ。だからスポーツはおもしろい」。その言葉をただ信じました。
 

2005年、11月。タイで行われた「WBCストロー級」タイトルマッチで、王座奪取という日本人女子として初の快挙を遂げた菊地奈々子さん(31歳)。昨年、初の防衛戦も勝利。現在、5月に予定されているアメリカでの防衛戦に向け野外ジム(公園)などで、黙々と練習に励む。


 カメラマンを目指していた菊地さんの転機となったのは、22歳の時に何気なく見た『あしたのジョー』。それまでは、ボクシングだけでなく何の格闘技の経験もなかった。「これをやらなくては」となぜか思い込んだ。
 早速、通勤電車から目に止まったジムに通いだした。もちろん、プロを目指したわけではなく、同年代の女性会員と帰りにみんなでご飯を食べたりとサークル的な活動だった。仕事の都合で8ヶ月でジム通いを断念したが、格闘技の写真を撮るようになったことが、運命の出会いへと繋がる。26歳になり、同じく格闘技を写すカメラマンの佐久間立秋氏が主宰する『ブルースカイジム』ヘ入門した。佐久間氏は、元キックボクシングの選手でもある。特定の練習場を持たないこのジムは、文字通り公園などでボクシングの練習をする。 「もう一度、ちゃんとボクシングをやってみたい。これがラストチャンスだ」と思い、入門を願い出た。
「やるなら、頂点を目指せ。その位の気持ちがないなら指導はしない」と言い切る佐久間氏の言葉に「ボクシングとはそういうものか…」と気持ちを引き締めた。とはいうものの、年齢は26歳。本格的な運動は、中学・高校のバドミントン部以来だったので、始めは、500メートルも走れば横っ腹が痛くなる有様だった。
「運動神経も選手としてのセンスもないが、根性とスタミナだけはある。とにかく練習をしろ、日本一を目指せ!」
と言われ続けた。当初は、練習の半分がランニングだった。早朝の津久井街道をよく走った。腕だめしに「さがみはら元旦マラソン」に出たらいきなり3位。次の年は2位。翌年、1位を狙ったが風邪で棄権をした。これが、未だに悔しくてならないそうだ。
 『日本ミニフライト王座』のタイトルを獲得した頃、練習時間を少しでも確保するため、仕事も変えて都内へ転居した。ランニング、シャドウボクシング、仕事の合間に指導をする佐久間氏を相手にミット打ちをする。ひとりの時は、他のジムで練習をしたり、トレーニングジムなどで体を鍛える日々が続いた。
 30歳になった菊地に思わぬチャンスが舞い込んだ。『WBC女子世界ストロー級タイトルマッチ』の対戦相手としてのオファーが突然きた。それも試合の6日前。怪我による対戦棄権選手のピンチヒッターだ。試合場所は、バンコク近郊の刑務所。相手は麻薬所持の罪で服役中という情報しかなかったが、迷わず受けた。『とにかく勝ってベルトを持ち帰る』ことしか頭になかった。1週間後にキックルールの試合を予定し、調整をしていたことも幸いした。刑務所内での試合、タイ選手への応援が大きく響く中、必死に戦い、日本人女子選手初のメジャータイトルを勝ち取った。昨年の防衛戦も勝利。次はアメリカでの防衛戦が予定されている。
「気持の強さだけを出さず、技術をもっと磨き、思い通りの試合運びができるようなりたい。是が非でも勝って、日本で防衛戦をやりたい」と語るその温厚な眼差しに、試合中に見せる闘志剥きだしの姿はとても想像ができない。


 

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