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この街・あの人・どんな顔 2006/09/05掲載

水眠亭(すいみんてい)主宰
    山崎 史朗

やまざき しろう  1949. 4.21生
長崎県崎戸町(現 西海市)出身  津久井町在住
●プロフィール
俳句結社「季」会員 ハンドパイプ作家、グラフィックデザイナー、彫金作家、俳人、ベーシスト、蕎麦打ち、根付けなど、多様な分野で活動

■1969. 長崎県立佐世保北高校卒業
■1975. 印刷会社企画室にて広告デザイナー
■1978. ヒコみずの宝石デザイン専門学校入学
■1979. アトリエ・ヌーヴェルヴァーク入社
■1981. 独立 ジュエリー&クラフトスタジオS開設
■1994. 津久井町にアトリエを移す
「水眠亭」と命名
以後、個展、展示会など多方面で活躍




↑上2枚とも、山崎さんの作品

 

国道412号「関」の交差点を宮ヶ瀬方面へ向い、串川と並行する道を行くと、「水眠亭」はある。川の音だけが聞こえる静かな空間だ。江戸末期に建てられたというこの建物を、12年前 山崎さんはアトリエとした。


清流の隠れ家「水眠亭」
 「最初はウッと後ずさりしましたよ。床は抜け、吹きさらし。荒れ果てた廃虚のようでしたから」
 なのにこの場所を選んだ理由は「川がきれいだったから」。その場で『水眠亭』と名付けた。4年間かけ、自ら手を入れ、アトリエを作り上げた。ゆがみガラスの大窓、大正時代の建て具、薪ストーブ…。初夏には清流を飛び交う蛍を眺めながら風呂につかる。この居心地の良い隠れ家で、山崎さんと語らうひとときを過ごすため、遠方から訪れる人も多い。

実体験と自分探しの旅へ
 長崎の小さな島で、山崎さんは生まれた。炭坑の坑木問屋で財を成した祖父は豪快に遊んで暮らし、父は帝大卒後、発明に没頭した。時代に先駆けた発明もあったが、商売としては成り立たなかった。先を案じた母に懇願され、父は教員となり、家族は佐世保に転居した。山崎さんが中学3年の時だ。
「父の代の時、家に十数人の下宿人がいました。みんな教員で、その中の美術の先生に絵を習いました」
 絵が好きで美大受験の準備をしていた高3の夏、トルストイに感動し、方向転換する。上京して文学部を受験するが失敗。浪人中に学生運動が激化し、受験をあきらめざるを得なかった。
「文学の道に進むために、実体験を積もうと旅に出ました」
 お金がなくなると働き、貯まれば旅に出て、全国を回った。その間あらゆる職業に就き、ノウハウを身に付ける。建築現場を仕切ることもあった。冬の金沢では仕事がなく、質屋でギターを買って流しをした。古賀メロディーが全盛の頃だ。
 そんな旅を5年続けた時、ふとしたきっかけで禅寺で修行をした。そこで考えたのは絵のことばかり。子どもの頃、好きだった絵をまたやってみよう、そう決めた。
 その後、広告デザイナー、ジュエリーデザイナーを経て、彫金作家として独立する。
 自宅を仕事場とし、家事も楽しんでいたが、中2になった長男に突然「親父、自由にしてくれよ」と言われる。
「子ども心に父親が家に縛られているように見えたんでしょうね。今聞くと当の本人は覚えてないようですが(笑)」
 その言葉をきっかけに、アトリエ探しが始まり、水眠亭に行き着いた。

広がり続ける世界
 高校時代から続けていた音楽、20代で始めたパイプ作りに加え、40代以降は俳句、蕎麦うち、茶道、茶杓作りと世界を広げて行く。どれも「感覚的にはひとつ」なんだと話す。
「人の手にはすごい力があります。それと大切なのは集中力、バランス感覚、強い意識。明日何をするかを強く決める。目標を遠くに持たずに身近に置いてひとつずつ、どんどんとこなしていく。そうすると大きな目標にも近づいていける。若い人が訪ねてきたらそう話しながら自分に言い聞かせます」
 彫金の仕事を主とするが、他のどの分野においても人を圧倒させる。「やるからには一線を越えないと意味がない」からだそうだ。
 人を感動させる域に達すれば、出会いがうまれ、自らも喜びを得る。そのための努力と苦悩が新しいものを生み出す力になるのだと考える。
 昨年は映画『三年身籠る』のロケ地となった。ライブでは国内外のアーティストがここで演奏する。多くの人が訪れ、今では隠れ家とは言い難くなったかもしれない。 「人を呼び込み過ぎた」と笑いながら、そんな日々を心から楽しんでいるようだ。

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